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08/01/22 

Column 「ちょっとマテフロ」

RFIDのアメリカン・テイスト


その8/米視察ドタバタ紀行・シカゴ編(下)



米国RFID・物流視察紀行、シカゴ編の2回目は、米国オムロンで見た大量のタグ一括

読み取りデモの結果と、お待たせしました、手に汗握るアドベンチャー・ストーリー(その

1)をいよいよ、お送りします。





まずシカゴ郊外、米国オムロン視察内容の続きです。


前回ご報告したプレゼンテーションのあと、実験室に移動し、まことにチャレンジングな

デモが公開されました。パレットに積んだケースに多数のRFタグを貼付し、なんと計420

枚!というとんでもないタグ高密度環境における、一括同時読み取りのトライアルです。


初めは数枚読み残しが出てしまい、リトライでクリアしたものの、端末に表示される数字

は421枚。1枚多く読んでしまうので、あちこち調べたら、部屋の奥にあった別のタグを読

んでしまっていたようです。長距離読み取り可能というUHF帯の長所と短所が、そのま

ま表れたものと言えましょうか。


さすがにこれだけの枚数になると簡単ではないようでしたが、既にそれも可能となりつ

つあることを確認できました。ともかくユーザーのUHF帯RFIDへの最大の期待効果は、

この「同時・多数・一括読み取り」であることは間違いなく、しかしウォルマートも含め従

来、パレット上の多数のケースタグを読み切ることの難しさが、かつて予想された早期

のRFIDブレイクを阻んできました。それが実現に向けて一歩ずつ、技術開発が進展し

ている事実を見ることができた気がします。


*               *


さらに同社では現在、エリア制御技術・距離測定技術との組み合わせによって、「読み

たいタグだけを読み取る」技術や、1台のリーダで移動方向を検知・識別(入庫か出庫

かなど)する技術など、新たなUHF帯技術開発を進めているとの紹介もありました。


RFIDユーザーメンバーからはこれに対し、相次いで期待の声が寄せられていました

ね。


*            *            *


さて4時半ごろには視察の仕事を終え、一行はバスに乗りました。この日、米国3大美術

館の1つ・シカゴ美術館が無料開放日だったこともあり、早くホテルに入って見に行こう

などと調子のよい話を決め、高速道路を急いでいたのですが、どうもバスの運ちゃんの

様子がおかしい。


そのうちに減速し、路肩に停車してしまった。ガイドさんに聞いてもらうと、さかんに褐色

の首をひねりながら「ハンドルが効かない、ブレーキも変だ!」。事情を知った筆者、す

なわち視察団事務局としては、まさに「げげっ」というやつです。


運ちゃんはしばらくあれこれ試し、一度は恐る恐る再スタートしたものの、「やっぱりダメ

だ!」と危うく高速の出口に辿り着いて下りかけ、そこでついに走行をリタイア。油圧系

統がやられたようです。高速走行中に取り返しの付かないことになる事態だけは、避け

られたわけですが。


直ちに携帯電話で救援車、あるいはタクシーを呼ぶことにし、バス会社に緊急連絡した

のですが、そこは市街からまだ20kmほども離れた郊外。国土の狭い日本のような迅速

対応は恐らく期待薄、スーツケースもあるのでタクシーなら4台は必要だし、これは2~3

時間かかるかも……。


おりしも早い晩秋の日は暮れかけ、車外に出ると冷たい風で寒くて、もう5分も立ってい

られません。


*       *        *       *


刻々、夕闇と暗澹たる空気が車内を包み、美術好きで閉館時間の8時前に一刻も早く

美術館に行きたがっているNさんからは「ねえ、何時頃帰れそう?」と言葉も静かに催促

されるし、いやあ参りました。


それでも不幸中の幸い、救援バスは悲観していたよりは早く約45分で到着! 既にとっ

ぷり日も暮れた中、人と荷物を乗り換え、一路市街のホテルへ。夕方のラッシュに巻き

込まれ、結局1時間半ほど予定は遅れたものの、何とか美術館にも間に合い、筆者は

後処理で30分しか見られなかったけれど、パリのオルセーに置いてない濃色のゴッホ

の自画像だけは堪能しました。


ついでに夜には、元気なメンバーで「Chicago Blue」まで出掛け、満員・立ち見ながら本

場のシカゴブルースをライブで堪能。ここはシカゴ一番の有名店で、本場ブラックミュー

ジシャンの味わいある、そして猥雑な楽しいステージ。ギターは意外や日本人青年プレ

イヤーでしたね。


ところが。ハプニングはなおもこのツアーを襲うなどということを、一行はこのとき、想像

する由もなかったのであった……。


(次回につづく)


月刊マテリアルフロー 編集長

菊田一郎